ラッコ人間との関係
和名はアイヌ語の "rakko" に由来する。
毛皮が利用される事もあった。18世紀以降ロシア人が極東に進出してきた理由の一つに本種の毛皮採集が挙げられる。
毛皮目的の乱獲により、20世紀初頭には絶滅寸前まで減少した。アラスカではアシカが乱獲などにより激減。食料をアシカに頼っていたシャチの一部が本種を獲物としたため、90%近くが姿を消してしまうこともあった。1989年、アラスカのプリンスウィリアムス湾で超大型タンカー、「エクソン・バルディス号」が座礁し、27万バレルの原油が流出するという事故があった。この事故によって約6000頭のラッコが死亡したとされる(少なくとも1016頭の死亡が確認されている)。アザラシ等と比べると体が小さく皮下脂肪が相対的に薄いため、体毛が油で汚染されることで防寒効果が低下して凍死し、また毛の間に蓄えられた空気がなくなり浮力が減少して溺死したのである。 1911年には国際的な保護条約(猟虎及膃肭獣保護国際条約)が締結され、その後生息数は徐々に回復していった。
アワビ、ウニなどを捕食する害獣とみなされることもある。国際条約などで保護動物となっている場合が多いので地域の都合で駆除などができない。
シートン動物記によると、本来は海辺で生活する陸生動物であり、日光浴をしている群れをごく当たり前に見る事ができたらしい。その頃は人間に対する警戒心もなかったため、瞬く間に狩尽くされてしまい、現在のような生態になったと記されている。
日本における人間との関係
日本では平安時代には独犴の皮が陸奥国の交易雑物とされており、この独犴が本種を指すのではないかと言われている。陸奥国で獲れたのか、北海道方面から得たのかは不明である。江戸時代の地誌には、三陸海岸の気仙の海島に海獺が出るというものと、見たことがないというものとがある。かつて北海道の襟裳岬周辺などに生息していたが、明治時代の乱獲によってほぼ絶滅してしまった。このため、明治時代には珍しい動物保護法「臘虎膃肭獣猟獲取締法(明治四十五年四月二十二日法律第二十一号)」が施行されている。
現在でも時折、千島列島などから来遊し北海道東岸で目撃されることがあるが、定着するまでには至っていない。2003年頃から襟裳岬近海に一匹定着しているがウニなどを大量に食すので漁業被害が問題になっている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
ウニなどを良く食べるようです。贅沢ですね。
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